今日は泉涌寺に行った 市バスに大きく示されているので気になっていたお寺だ

広大な土地 広々としたお堂 気持ちのいい空間だった

度を下げた眼鏡をかけていったことを後悔した

天井の竜の絵をもっとしっかり見たかった

楊貴妃観音も見た 来るまでは知らなかったが

歴史的にはかなり価値ある仏像なのではないか

優雅な佇まいであった

東福寺にも行こうと思っていたが やめた

立派なお寺をいくつも回る元気は 今の私には無かった

———

お寺で考えた

自分はエネルギーが足りていないと感じる

怒るぐあいなら、耐えたりぼけたりする方を選ぶ

お寺や神社、まじない的なものに心惹かれる それは

根本的に自分が弱く、何者かにすがりたいと感じているからかもしれない

さて、就職先は決めたが その未来に不安を抱いている

生活環境とお金に不安を抱いている

こうした不安と付き合うとき、

「自分にとっての安楽だけを追求するよりは

自分のためだけではない 人のために動くこと

苦しみを大きくする原因となっている利己を抑えるのだ」

ということを思った

———

本屋に寄った 京都の白地図と 一周トレイルの東山を買った

白地図はコピーして、江戸時代の川や道をなぞってみようと思う

本のタイトルを見ていてふと思う

何事も論理的でないと気が済まない人がいるが

そういう人は苦手だ

だが 根拠を考えることはいいことだ

なぜ靴下を重ね履きするのか 白湯を飲むのか

五行説やアーユルヴェーダの抽象的な理論を説く前に

そもそも体温を上げれば免疫が高まるということだろう

「教義」を絶対のものとして展開する考え方、教条主義は危険だ

非科学的とされる分野においても 論理的でないと気が済まない人たちがいる

そういう人たちは 自分の体験・感覚に対する信頼感が薄いのではないか

自分を信じられない心が 不安や苦悩をもたらしているのではなかろうか

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